結論から言うと、僕は進路を変えた。
自分を正当化して言うなら、考え方が一周して戻った。
ブログを書き始めたころの大学3年の春。
いつの間にか映像や文章の道に進むもんだと決め込んでいた。
あれほどほかの人を一辺倒だと批判しながら、自分が一番前のめりになっていた。
ただこの長い寄り道があって、自分が何者か少しわかった気がした。
メディアの世界に片足のつま先だけ入って、自分がそっち側の人ではないと思えた。
今、教師をやろうとしている。
そう思うきっかけは、悩むということ。
メディアでぐいぐい進んでいく人というのは、ある種の過信が強い人だと思う。
もちろんいい意味で、「これは絶対面白い!」とか「間違いない!」と思うことができる。
彼らが悩まない能無しということじゃないけど、自分にはできないことだということ。
つまり、その道に関して負けたと思った。たいして勝負もしてないのに。
まぁ勝負できなかったというほうが正しいでしょう。
とことん自分を信じて突き進むことができなかった。
僕はそこで立ち止まって悩むタイプの人間だった。
情熱に任せて、一人だろうが突き進んでいくタイプではなかった。
そこで自分は凡人だと考え込んでしまっては同じことの繰り返し。
ただそういうタイプだったんだと思うだけにした。
じゃあじっくり立ち止まって悩める、つまり自分に適した職はなんだろう、
という問いになったわけです。
そこで出てきたのが、とうの昔に忘れていた教師という職業。
ふと、急に自分の胸の中からぽっと出てきたこの言葉。
そんなわけで、そんなわけな最近です。
TAKE
自分を正当化して言うなら、考え方が一周して戻った。
ブログを書き始めたころの大学3年の春。
いつの間にか映像や文章の道に進むもんだと決め込んでいた。
あれほどほかの人を一辺倒だと批判しながら、自分が一番前のめりになっていた。
ただこの長い寄り道があって、自分が何者か少しわかった気がした。
メディアの世界に片足のつま先だけ入って、自分がそっち側の人ではないと思えた。
今、教師をやろうとしている。
そう思うきっかけは、悩むということ。
メディアでぐいぐい進んでいく人というのは、ある種の過信が強い人だと思う。
もちろんいい意味で、「これは絶対面白い!」とか「間違いない!」と思うことができる。
彼らが悩まない能無しということじゃないけど、自分にはできないことだということ。
つまり、その道に関して負けたと思った。たいして勝負もしてないのに。
まぁ勝負できなかったというほうが正しいでしょう。
とことん自分を信じて突き進むことができなかった。
僕はそこで立ち止まって悩むタイプの人間だった。
情熱に任せて、一人だろうが突き進んでいくタイプではなかった。
そこで自分は凡人だと考え込んでしまっては同じことの繰り返し。
ただそういうタイプだったんだと思うだけにした。
じゃあじっくり立ち止まって悩める、つまり自分に適した職はなんだろう、
という問いになったわけです。
そこで出てきたのが、とうの昔に忘れていた教師という職業。
ふと、急に自分の胸の中からぽっと出てきたこの言葉。
そんなわけで、そんなわけな最近です。
TAKE

